文芸コンパス

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伊藤くん A to E -書評・紹介 【※一部ネタバレあり】

 「伊藤くん」というダメなイケメンに振り回される5人の女性を描く物語。

2017年にドラマ化、2018年春に映画が公開される。

伊藤くんA to E (幻冬舎文庫)

伊藤くんA to E (幻冬舎文庫)

 

タイトル ジャンル 著者 出版社 敢行日 メディアミックス
伊藤くん A to E 恋愛小説 柚木麻子 幻冬舎 2016/12/6(文庫版) ドラマ化(2017年8月)
  ヒューマンドラマ       映画化(2018年春)

内容紹介

美形でボンボンで博識だが、自意識過剰で幼稚で無神経。人生の決定的な局面から逃げ続ける喰えない男、伊藤誠二郎。彼の周りには恋の話題が尽きない。こんな男のどこがいいのか。尽くす美女は粗末にされ、フリーターはストーカーされ、落ち目の脚本家は逆襲を受け……。傷ついてもなんとか立ち上がる女性たちの姿が共感を呼んだ、連作短編集。 (原文まま)

感想

 これまで、柚木麻子さんの小説を読んだことはなかったのだが、前回紹介した『風と共にゆとりぬ』の中で、披露宴で朝井リョウと共に『今夜はブギー・バック』の替え歌『今野でマネー・バック』をラップ調で歌った友人として、また、作中で度々名前が登場していたのが私の記憶に新しかったので、ふと小説を読みたいなーと書店をウロついていた時、『ドラマ化』、『おススメ』などと書かれたポップと共に平積みされている『伊藤くん A to E』という小説を見て、迷わず購入。

 だが、そんな軽い調子で読む小説ではない事は、読んでいて途中で気付いた。この作品は、「伊藤くん」というダメ男に振り回される5人の女性(A~E)の胸中や、胸中や、葛藤、それに伴う行動が、女性作家らしい心理描写とともに書かれている。コミカルなシーンや、ご都合主義的な展開は少なく、女性読者が、登場人物の行動に共感したり、反感したりして楽しむ作品だということが分かった。

今まで少女漫画や女性向けのドラマや漫画をあまり読んだことがない。以前ドラマでやっていた「東京タラレバ娘」は一話しか見なかったし、「だめんず・うぉ~か~」についても興味が沸かなかった。

女性間の人付き合いやいざこざ、見栄や優越感の張り合いと優しく接する時とのバランス、友情の保ち方――そういったものにはまるで疎いので、あまり自分が意見をするのは控えようと思う。

①「伊藤くん」という人物が、A~Eという複数の女性の視点から描写される。

伊藤くんは、『お洒落で歌舞伎の女形にぴったりな瓜実顔、大手予備校の国語教師をしているが、夢としてシナリオライターを目指しているイケメンだ。だが、その性格は、自意識過剰で稚拙、無神経すぎるモンスター級「痛男」だ。

 そんな伊藤くんに対して、恋心、嫉妬、執着、といった感情を向けている女性たちにとって伊藤くんという人物はどのように映るのか。

 人間、常に同じキャラクターかと言われるとそんな事はない。職場の先輩には敬語を使い、親しい友人にはタメ口で話す様に状況に応じて態度や話し方を変えるし、苦手なタイプの人と好きな人とへの接し方は大きく異なると思う。だが、身近な人達と話す時に、自分が誰とどんな話し方をしているかについて何処まで自覚的かと言えば、案外無自覚な部分が多い。だけど、それが他人から見ると、あからさまに違って見えていたりする。

 伊藤くんも、積極的に迫ってくる女性のことは粗末に扱い、自分が好意を寄せている相手には甘い言葉で接する。特に、この伊藤くんは自分の感情をあまり隠そうとしないため、感傷的になるとすぐに自分の気持ちに従って行動する。多角的に見ればこの伊藤くんという人物においても良いところが見えて来てもいい気がするが……、作中では一貫して『クズ』としての一面しか見えてこない。文庫の帯でも、ドラマ、映画のキャストからも一貫してけなされており、若干可哀想になる。

②小物ひとつに関しても拘りが見える。

鞄一つにしても、「テンパリングしたチョコレートのような艶、シルバーの留め具のデザインが美しい」と描写されていたり、他にも「履き古したコンバース」、「マッキントッシュのコート」など登場するアイテムが具体的に設定されていたりする所に、著者の拘りを感じた。また、想像力を刺激する比喩表現や、余韻を残すような意味深な台詞、描写も多々挟まれている。

③反感や共感といった感情を刺激する物語

この作品を「恋愛ドラマ」という先入観の元に読んでいたので、読了後なんだかモヤモヤと釈然としないものがあった。そして、あとがきに当たる「解説」を読み進めた所、吉田大助さんという方が、随分と真面目な解説をしていた。

この『伊藤くんA to E』という作品を簡潔に言うならば、「そもそもこの小説全体が、ガール・ミーツ・ボーイのラブストーリーの衣をまとった「他者という鏡を通した自己発見」の物語」、「伊藤くんという反感のエンターテイナー」であると。

前後の説明を省いているため曲解して伝わりそうだが、私としてはこの解釈にかなり納得している。この作品、どちらかと言えば、恋愛に関する心の揺れ動きよりも、それぞれの女性陣が伊藤くんと対面して、自分の良い所、悪い所に気づき、次のステップに進んでいく。という側面の方が強いと思っていたからだ。

  

一章紹介(ネタバレあり)

この小説の一章目にあたる「伊藤くんA」のみ、内容を紹介する。

 伊藤くんA

 新宿の百貨店にある革製品専門店のディスプレイには、店員の間で『ハンキュー』と呼ばれる二十万円と高額の鞄が飾られていた。販売員の島原智美は、この鞄を「私みたい」だと思っていた。美人でスタイルも良く仕事に関しても売り上げトップの出来る女、そんな智美には、『伊藤くん』という恋人がいた。大手予備校で国語教師をする伊藤くんは、お洒落で、女形にぴったりな瓜実顔をしたイケメンで、面食いの智美にとってタイプだった。だが、付き合って五年も経つのに、彼は智美に対して素っ気ない態度を取り、彼女の事を粗雑に扱うばかり。仕事面でも現実味なく将来シナリオライターを目指しており、精神的に幼い部分がある。それなのに、ダメだと分かっていて智美は彼に尽くしてしまう。彼の望むことを叶えてあげようと奔放してしまう。だが、尽くせば尽くすほど彼は智美のことを邪険にする。

 ある時、智美は伊藤君に実は、バイトに新しく入った女(野瀬修子)を好きになったのだと恋愛相談を受ける。智美は恋人とすら思われていなかったのだ。その後、智美は珍しく伊藤君からライブに誘われる。一緒に行く予定だった人の代わりに呼ばれたと分かっていながらも喜んでしまう智美。だが、いざ会場に向かうと、そこに現れたのは宮田真樹という見知らぬ女の子だった。彼女は、本来、伊藤くんと野瀬修子が行くはずだったライブに代理で来たのだという。代理同士でライブに参加……。更には、宮田真樹から伊藤くんが野瀬修子にストーカー紛いのアプローチをかけていることや、伊藤くんの悪口を散々聞かされる事になる。だが、智美はそんな彼の姿を知って尚、伊藤くんを嫌いになることが出来ず、彼を擁護してしまうのだった。

 その後、案の定、野瀬修子に嫌われる伊藤くん。暫く彼との接触を避けていた智美だったが、すると、今度は突然彼が智美の職場に現れる。そして、もう恋は諦め新しい道を探すのだと、そのために、セミナーに参加するので20万円必要だと相談される。あきれる智美だったが、結局20万円を貸すことを決めてしまう。だが、いざ貸そうとすると、今度はある女の子の一言でセミナーには参加しないことを決めたので金はもういらないと言う。弱々しく頼りない彼の姿を見て、ついに智美は自分の本心に気づく。そして、禊としてそのお金を使った、ある行動を思い立つ。

 無我夢中で走り自身の職場へと向かうと、そこには小柄な女の子がいた。彼女は、『ハンキュー』のあるディスプレイの辺りをきょろきょろとしている。智美はすぐに販売員としての自分に切り替え、彼女に話しかける。彼女は『ハンキュー』を見せて欲しいと言い、身につけると、誂えたようになじんだのだった。

 

ドラマ化・映画化が決定!

 この『伊藤くんA to E』という作品、ドラマ化、映画化が決定している。

 映画は2018年春に公開、ドラマは2017年8月15日(火)からスタートする。

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出典 http://www.ito-kun.jp/

 

①映像化に際しての変更点

大きな変更点として、ドラマ、映画では矢切莉緒(Eにあたる女性、過去の栄光でなんとか一流としてのプライドを保っている崖っぷちアラサー脚本家)が開いたトークショーにA~Eの4人の女性が恋愛相談をし、各女性と伊藤くんのエピソードが矢切莉緒の想像の中で展開して行く、という構成になっているようだ。

矢切莉緒は女性陣の相談の中に出て来る人物が「伊藤くん」と共通していることに気づき、何者であるか興味を持って行くという設定になっているため、原作では伊藤くんとは「ドラ研のメンバー」と旧知の間柄であったが、ドラマ・映画版では見知らぬ間柄になっているようだ。更には、矢切莉緒(E)のストーリーは映画で語られるらしい。

ドラマや映画での作品の紹介に、

『待ち受ける予測不能な衝撃のラストに誰もが震撼する――。』

『予測不可能でスリリングな震撼恋愛ミステリー』

と書いてある所や、キャスト陣のコメントから、恐らく映像化に当たってエンターテイメント色を濃くしていることが伺える。

個人的には、多少ご都合主義だとしても劇的な演出を増やして丁度良いと思う。特に、原作だと矢切莉緒のエピソードは、落ちぶれた脚本家としてのプライドや苦悩、葛藤についてが話の大半を占めており、恋愛要素は薄かったので。

 

②モンスター級「痛男」を演じるのは岡田将生(映画版)

個人的に、かなりのハマり役だと思う。

特に「ゆとりですがなにか」の坂間正和を演じているのを見てから、岡田将生さんを面白い俳優だと思うようになった。

 早口でまくし立てるような話し方や、身振り手振りの多いオーバーリアクションといった演技で、神経質、ピュア、メンタルの弱そうな青年を演じるのも上手いので、イケメンだけど、心が弱く、人によってコロコロと態度を変え、おどけた風な痛々しい仕草をとる「伊藤くん」を見事に怪演してくれるだろう。

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出典 http://www.oricon.co.jp/photo/942/74792/

 

 ――と思っていたのだけれど、

 岡田将生が伊藤くんを演じるのは映画だけみたいですね……。

 キャストの一人、山田裕貴さんのコメントに、「莉桜の妄想の中で、僕が伊藤くんを演じるのですが、」とあったので、どうやらドラマでは山田裕貴さんが「伊藤くん」を演じるようです。ネットで『伊藤くんA to E』を検索すると、すぐに「岡田将生×木村文乃W主演!」などの触れ込みが出て来るし、CMでも伊藤くんの姿が映らないので、勝手に勘違いしてました!

 

最後に

 映画では、伊藤くん視点でストーリーは展開するそうです。

 まさかの「伊藤くん」視点……!

 これは、完全なる読者サービス、もとい視聴者サービスですね。

 果たして5人の女性に愛憎交じりも散々嫌われていた伊藤くん。彼の目には彼女達はどのように写っていたのか。……傷つかない為に自分の殻に閉じこもっている伊藤くんにとって、世界はどのように見えているのか。

 ――気になるところですね!