文芸コンパス

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Burn. -バーン- -書評 【ネタバレ注意】

芸能人だからこそ書ける、リアリティのある『舞台劇作家』という主人公、授賞式の光景、関係者との会話――描写が自然で、流暢。

 かつて天才子役としてもてはやされた劇作家の夏川レイジは、失っていた20年前の記憶を徐々に取り戻し、自身の心の奥底に眠る「熱量」を思い出す。現在と過去を並行しながら、レイジの少年時代の成長を描く、青春エンタメ小説。

Burn.-バーン- (角川文庫)

Burn.-バーン- (角川文庫)

 
タイトル ジャンル 著者 出版社 敢行日
Burn. -バーン- 青春 加藤シゲアキ 角川書店 2017/7/25(文庫版)

 

内容紹介

 演出家として成功し子どもの誕生を控え幸せの絶頂にいたレイジは、失っていた20年前の記憶を不慮の事故により取り戻す。天才子役としてもてはやされていたレイジの現実はただの孤独な少年。突如現れ、イジメから救ってくれた魔法使いのようなホームレスと優しきドラッグクイーンと奇妙な関係を築くうちに冷め切った心は溶け始めるが、幸せな時は続かなかった…。少年の成長を通して愛と家族の本質に迫るエンタメ青春小説! (原文まま)

 

 言われなくても知っているかもしれないが、加藤シゲアキさんはアイドルだ。

 ジャニーズ事務所に所属する、NEWSのメンバーであり、小説家としては、過去に「ピンクとグレー」で一躍有名になった人である。

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出典 pbs.twimg.com https://matome.naver.jp/odai/2139825716796957101/2148596180797030003 

 人間、天に二物を与えられた人間を容易に受け入れられない訳で(反骨精神は大事だが)、また、これまでにアイドルやイケメンの俳優が書いた小説で、批判なくベストセラーとなった事例というのは多くはなく、芸能人が書いた小説は、単に話題性だけで商業目的の作品もままあるので……、「アイドルが書いた」なんて肩書がついてしまうと、つい穿った目で見てしまいがちだが、この人に関しては、その心配は全く不要だ。

 普通に、文章が上手い。すごい読みやすい。

 文学的・文芸的な小説と言えば、巧みな比喩表現が評価点の一つであり、読書というものがさも高尚であるとアピールするポイントなのかもしれないが、個人的には、話の本筋がすんなり頭に入ることや、登場人物の感情が読み取りやすいことの方を重要視しているので、変に持って回った言い回しは反って読み辛くて苦手だ。その点、この小説は不要な言葉、描写は少なく、また、会話や情景描写の切り替えがスマートで非常に読みやすかった。

 それと、場面展開についても、「引き」が上手く、印象的なシーンや続きが気になる台詞で繋いである。この辺りに関しては、ドラマに精通している人間だからこそ、上手くできる芸当なんだろうなと思った。

 物語冒頭は、舞台劇作家である主人公の夏川レイジの授賞式の場面から始まるのだが、司会の台詞、壇上から見える景色――カメラのフラッシュや記者の動き、そして、インタビューを受ける人間の胸中、写真撮影を終えてからホテルでの軽食、関係者との雑談……、一連の流れがリアルで淀みない。実際にそういった場面を経験したことがあるから書けるのだろうが、それでもやっぱりすごい。イメージだけで書かれたこういった場面とは、文章に引き込まれる度合いが違うのが分かる。

 冒頭ばかりを褒めてしまったが、本筋としては夏川レイジの失われた記憶、二十年前の出来事が話の主軸となるので、幼少期のエピソードが中心となる。以下、簡単なあらすじを紹介する。

 

あらすじ(ネタバレ注意)

 舞台劇作家の夏川レイジは、ウィッカー賞と言う演劇大賞を受賞する。その受賞式のあとで、次回作について聞かれるが、レイジは笑って濁すばかり。というのも、次作の脚本が全く出来ていないからだった。どこか上の空のレイジは、授賞式の帰り道、妊娠している妻が運転する車で交通事故に遭ってしまう。

 病院で目を覚ますと、妻が意識を失っているのだった。暫く病院で過ごす中、レイジはローズという人物に出会う。ローズは、レイジが天才子役と呼ばれた幼少期に知り合ったドラッグクイーン(ニューハーフのこと)だった。この出会いをきっかけに、失っていた二十年前の記憶、天才子役と呼ばれた自分がなぜ役者をやめたのかを、徐々に思い出して行く。

 レイジは幼少期いじめられっ子だった。ある時、レイジは公園でいじめられていた所を、ホームレスの徳さんに助けられる。レイジは徳さんの不思議な魅力に惹かれ、度々徳さんに会いに行くようになる。出会った当初に、レイジは徳さんにバンド名にもじって「レイジイズマシーン」と形容される。それは、その頃のレイジは、機械の様に「役」を取り込める才能を持ち、そのため天才子役として役を演じることが出来たが、その反面、心は空っぽで人間らしさが乏しかったからだった。

徳さんと共に過ごす中で、マジックを教わったり、ローズの店の従業員に言い寄るヤクザを皆で協力して撃退したりと様々な経験をし、レイジは段々と人間らしくなって行く。しかし、人間らしくなるに連れ、自分の考えや感情が強くなり、ある時、初めて監督に演技について反抗してしまう。

 その後、暫く徳さんやローズと関わることを禁止されていたレイジだったが、ある時、ニュースで渋谷再開発浄化作戦というホームレスの強制退去が決行されたのを知る。急ぎ現場に向かうと、そこにはデモに参加する徳さんの姿があり、更に警察機動隊の強行に抗うため焼身自殺を図る姿を目撃する。

 そのショックでレイジは不登校になり、それから母の勧めもあってロンドンで暮らすことになる。レイジは日本を離れる中で、この辛い記憶を自ら封印したため、記憶を失っていたのだった。

 全てを思い出したレイジは、この思い出を舞台にすることを思い立つ。驚異的なスピードで脚本を仕上げ、あの時の徳さんの『熱量』を再現する。妊娠していた妻の子も無事に生まれ、涙を流すレイジ。様々なことが一段落し、レイジは新たな思いとともに、舞台挨拶に向かうのだった。

 

感想

 この小説は、『レイジの成長』と『家族』をテーマとして書かれているらしい。

 だが、個人的にはどちらも何だか消化不良感が否めない。

 まず、『レイジの成長』について。

 物語の始めの辺りでは、夏川レイジは、無機質な、世界を俯瞰している様な印象を受ける。個人的には、それがレイジの魅力なのだと思っていた。だが、読み終えて分かるが、この小説の話の軸は、機械的で感情の乏しい幼少期のレイジが、人々との出会いを通して人間らしくなって行くという成長劇だ。

 ん?じゃあ今のレイジは?何でこんな冷めてるの?

 心が空っぽだったからどんな役にでもなれ、「天才子役」として演じることが出来た。なら、徳さんが死んで記憶を封印したレイジなら、再度役者として大成したとしても、この小説の話の流れだと成立するのでは……?

 何だか腑に落ちなかった。勝手に『記憶を失うほどの出来事』→PTSD→役者を継続できなくなる程の精神・肉体的苦痛を過去に受けている、と期待値を上げてしまっていた。

 

 もう一つ、『家族』について。

 巻末のあとがきなどで、この作品は『家族』をテーマにしていると述べられている。そのために、妻に子供が生まれるシーンも描かれているようだ。

 確かに、徳さん、ローズ、世々子さん、登場人物は人間味ある素敵な人達ばかりだ。

 だけど、妻に関して。現在と過去を行き来し、度々現在のシーンで妊娠している妻が登場するが、レイジの幼少期、心情の移り変わりとの接点、繋がりがあまり感じられない。何だか妻のシーンだけストーリーの中で浮いている気がする……。

 あと、交通事故で妻を数日間意識不明にするのに関しては、やり過ぎだ。

 場面的には確かに映えると思う。だが、読者としては煽られた印象だ。

 妊婦の妻が意識不明だと言うのに、プロデューサーの佐々木は病院に来ていきなり仕事の話をし、レイジもそれに冗談交じりで対応する。大丈夫かコイツら?と思っていたら、その後、妻は母子ともに全く異常なく意識を取り戻す。――なるほど、作者にとっては始めからこうなる展開だったから、レイジはあんな態度だった訳ねと納得したが、この展開について納得できない読者は自分だけではないと思う。

 

 後半ちょっと批判が多くなってしまいましたが、面白かったです。加藤シゲアキさんの他の作品が読みたくなりました。ホームレスやドラッグクイーンといった人物が脇を固めるこの作品、舞台化したらとても面白そうだと思います!